パーティー後の近況

1月末までの仕事、パーティーの手記とその後の派生的な作業、2月までの作業など進めております。
急に浮上したアイルランドの事を考えている。

パーティーが終わって、これが思いの外色んなところで噂になっていたと聞いて、他人の世界に介入する事や世界自体を少し変えてしまう事が、程度の大きさをひとまず置いておけば、思いの外簡単な事なんだな、という手応えみたいなものがあり。

家の中にいるのに、師走の忙しそうな感じとかが、来た人の話とか来るタイミングとかでなんとなく伝わってきて、パーティー中の四畳半は、1年分の京都市左京区の感じ、が濃縮された変な時空だった。紛れもなく僕自身の観測によって現れたものがこれなんだな、と思いながらビールを飲み、そういう大勢の人達との付き合いの連続の中で、それぞれみんな同じような見た目と同じような言葉を話すのに、そこに至る回路みたいなものが不気味なほど違うことも嫌というほど感じた。

今は、とにかくシラフで1人でいる時間というのが最優先になって、同時に変に活動的にもなり、一定以上の修行的な成果があったな、と思う。昼から夕方まで仕事して夜に人に会って、土日は休んで自分の作業して、という感じになった。

ひとまず仕事を終わらせて、手記もそのうち公開します!

吉原、新宿、茨城、京都

久々にホームページに書く。

車が故障したりして、東京が思ったより長引いてしまった。
でも会いたくて連絡の取れる人には大体会えたし、それもみんなとてもよくて嬉しかった。

吉原の準備期間中は、作品のビラを配るため毎晩吉原を飲み歩いた。

前に住んでいた吉原のアパートの、隣のおじさんの部屋をノックしたら、中に入れてくれてビールをくれて、これまで聞いた事のなかった身の上話を聞かせてくれた。北海道で生まれて、ずっとジャズバーで演奏していて、気に入ってくれたどこかの社長に浅草に誘われて、それから30年もそのアパートに住んでいるんだと言っていた。
最初、引っ越してきた僕の事を見た時、髪も長くて大きなバイクに乗って、大丈夫なのかと思った、と笑っていた。僕の訪問をすごく嬉しそうに迎えてくれて、また来なさいよ、と言ってくれた。

1つ上の階に住んでいた大道芸人の人とも一緒に飲んで、何年か前に大道芸をはじめて、最近は大きな遊園地で働いていると言っていた。
家賃を納めていた不動産屋さんにも会って、その後の話などをしていたら、裏からポチ袋を出してきて、これでご飯でも食べなさいと言ってくれて、京都に帰ってからの数日をそれで生活させてもらった。
あんなにずっと1人ぼっちでいるんだと思ってたのに、みんなすごく優しかったんだと思って、嬉しかったし、ちょっと気恥ずかしい気にもなった。

終わってから、ブラブラと人に会ってみたり、新宿のChim↑Pomを見て、歌舞伎町がすごく好きになったり、茨城県北芸術祭に好きな作家の作品を見に行ったりした。

車で茨城まで行って、その展示場所になっている旅館に入ると、何年も前に舞台でスタッフをやっていた女の子がいて、ぱっと挨拶してくれて嬉しかった。
作品はいくつかの場所に別れているんだけど、幽霊というか、その場に誰もいない演劇のようなものをやっていたその旅館が、本当に良かった。

京都で、友達の家で飲んだ後のうっすら明るくなっているような時間帯に、いつも使っているファミリーマートがどう見ても山の裾に立っていて、まるっきり田舎な事にびっくりした事があって、そんなことおかまいなしにそういう生活圏内がキラキラしている、魔法のようなもの、が僕の京都にはある。それに似たようなものを、作品として、すごい強度でガツンと見せられたようで、先の吉原や新宿も踏まえて、ああ僕は、この魔法をもっともっと大事にしていこう、と確信、めちゃくちゃに励まされた思いがした。
帰り道は真っ暗になってしまって、徹夜で行っていたので眠くなって、茨城の山の中に車を泊めて、寝っ転がったら、星がすごく綺麗に見えた。光の全部が、僕の脳の最大値をちょっとずつ超えて、完璧に全部が幸せだった。

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実家で犬の頭を撫でていて、1時間くらい完全にこれに集中してみよう、と思って、ずっと犬の事だけを考えて撫でて、そしたらその場にいる魂みたいなもの、をなんとなく、直接触っているような、これは言葉にまだちゃんとできないんだけど、変な感覚があって、それを京都に戻ってからも引きずっているところがある。

もっと自由に活動していきたいと思って、人の事を病的に気にしてしまうので、もしかしたら人が気にすると勝手に思ってる自分自身みたいなものを、消していくような作業なのかな、と思って、布団に寝っ転がって、自分に関するあらゆる事を一つずつ消していく、と、窓の外の風の音がわーっと大きく聞こえてきて、それだけしかこの世になくなって、なんだ何も気にする事はないんだ、って、安心ゾーンへの入り方みたいなものを見つけた。

それから毎日1時間ずつくらい、勝手にこういう、布団の上の瞑想みたいな事をするようになって、考えてみれば小さな頃はずっとそうしていた。これが今一番楽しい。似たようなところに落ち着いたり、全然関係ないところにいってしまったり、でもなんとなくデッサンのようなもので、今この時点での僕みたいなものに関して、どこかで主線をひけるようにもなるのかもしれない。両親の不仲やお受験やでしんどくなる前の、小さな頃の自分を、大人になって今やっと引き継いでいるような感じがする。

12月23日に朗読をするし、同じ時期にやるプランみたいなものもどんどん出来て、でも意識みたいな事に頭の中で集中して、他人の反応が全く関係なくなったとして、じゃあ次の瞬間の僕の活動、どころか行動の一切が、なんなんだろう。そしてこの追求をこそ進めるべきなんだと思う。自閉と根性。

朗読は前回やってみて、何回かやらせて頂いたけど、テキストを準備するのは2回目なので、そのまま似たような事になってしまってもしょうがない。今自分が書くべきテキスト、というか向き合うべきもの、みたいなものが、あるんだろう。あるのかな。
というのが11月21日の朝。

吉原で作品をやります

「吉原の新しい5時」

吉原芸術大サービスにて、夕方5時からの1分間、吉原弁財天の前にある花園公園で、集まった人達が各々好きな音を出します。その音はとても大きいので、吉原中に響きわたり、みんなが同時にそれを聞きます。吉原の新しい5時を知らせるチャイムです。

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10月29,30日に、東京の吉原の、吉原芸術大サービスという催しで、新しい作品をやります。

去年の今頃に、秋葉さんに誘って頂いて東京の東青梅という所で作品をやって、それから1年経ってまた偶然、こういう機会をいただけました。
東青梅からのポジティブな流れみたいなものを、今もこれからも、すごく大事にしたいし、東京での作品、を重ねていくうちに、僕にとっての東京、ひいては生まれ故郷や僕自身の過去みたいなものを、塗り替えて、まだ知らない次のアクションにつなげていきたいです。

吉原は今日から告知のビラを配りはじめます。
イラレとかの入ったパソコンを持ってきていないので、手書きで、スティックのりとコンビニのコピー機で、でもかわいいビラになった。

よろしくお願いします。

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ものすごい安いアパートとかに引っ越して、色んな場所で作品だけ作りたい。たまってるビデオも編集したい。去年の秋葉さんから、色んな優しい人達がクラッチをつないでくれて、一緒に作品をやってくれて、すごく嬉しい。今僕はやっと1年生だ。今回の吉原もがんばります。

ハ`イ

ひょんな事から朗読する事になったので、無理やり詩を書いてみて、書いてみたら、もうこれくらいしか僕に書けることはないんじゃないかと思って、その短さに困惑したまま、置いておいて2週間、今見たら、なんだこりゃ、一遍にすぎない、というか、一遍ですらない・・・

今ここで信じているものはすぐなくなってしまう ちょっとずれた神様が毎日分ずらっと並んでいる。

困るよなー

でもだから、誰にも見せないでよかった、というのが僕の今までだったけど、無理やりにでも朗読はしてみます。これはこれで本当だと思うし!

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大丈夫かな

でもなんか、勝手に発表の場?無理やり世界とクラッチつながせてもらえる場所が、最近いろんな方が用意してくれるので、やはり、宇sでも、嘘でも、やってみます。なんで急に?嬉しい亜な!

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できました

自分の意識を自分が知らない

自分のやれる事はめちゃくちゃ少ない

自分の中にある意識自体みたいなものを身体の外に出すこと
僕は僕の意識自体を知らない
あるのはそこからかろうじて日本語によって取り出された言葉だけで、

目に見える足場みたいなものが
僕には本当に少ない

 

ルーターのポートフォワーディング的な

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体 = インターフェイス、みたいなことを
信じていないというか、意味を実感として理解できていなかったところがあるんだけど

僕の意識自体を僕が知らずにいること、知る事自体が、今までに考えたことのなかった、物理的な装置としての、胃や腸と同じ単なる機械としての脳の作用なのだとしたら、それも含めて、意識というのがどこか別なところにあって、それは多分霊魂とか人が仮定しているもので、そういうのもありなのかなー

それがとりあえずここでは、正しいのか正しくないのか、おいておくとしても、意識、

自分の意識を自分が知らない、という前提は、馬鹿正直な僕にとって発見だった

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なんか変な焦燥感があって、誰かに会いたいけど実はそうでもない、みたいな時にいつも困惑してたけど、僕は僕と話す時間が必要だったんだな、って今思った

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その日に完成しない事をどんどんやろう

21世紀なのに、僕ら人間、夜はみんながなんとなくやわらかいものの上で寝てて、でもこの程度のもので十分すんでしまっている。

そしてそのことを考えると色んな悩みがどうでもよくなる気がする。

京都で1年経った

東京を引き払って京都に着いたのが去年の7月11日の真夜中だったので、今日で1周年になります。
実際にアパートが決まって生活が始まったのは9月なんだけど。

びっくりするほど色んな事があって、時間が高密度でゆっくり流れていくようになった。

京都で会う人は全員が一癖あって、ふと正気にかえると、病んだ人らのワンダーランドのど真ん中にいるんじゃないか、って少し不安にもなったり、それが半径4kmくらいのスペースに全員揃っていていつでも会いにいけて、生まれて初めての故郷というか村というか、小学生の時の地元の友達、みたいなもの、が僕は経験できなかったので、それを丁寧に追体験というか、追っていっているような、楽しく日々を過ごしている。

一昨年の京都への旅行で、今のご近所さんに優しくしてもらってからこちらに来て、最初の数ヶ月は毎晩の飲み屋巡りから始まって、左京区にアパートを借りて、東京での展示に1ヶ月行ったり、その頃大濱くんという友人に出会ったのがやっぱり一番大きくて、毎晩2人で散歩する冬の数ヶ月があって、そこからUWUのりっしーに会って映画祭をやって、UWU_Miというカフェができて、演劇イベントをやって、毎日を映像で記録するようになって、Mahoutsukai Inc.で京都初の仕事が取れた。

今はその仕事も佳境で、ミュージックビデオなど、いくつか新しい事をいっぺんに進めていて、それとは別の仕事の打ち合わせのために来週は少し東京にも行く。
活動ページをまとめて、ヒゲを全部剃って、この顔で生きても大丈夫だと、物心ついて以来、初めてちゃんと思い直して、毎日、また明日も何かしらある。

思ったよりきちんと忙しいはずなんだけど、批判したり急かしたりするような人がいない町なので、気持ち的にはゆったりしていて、現実にずっと向き合って淡々と作業を重ねている。
気付けば28歳になってしまったけど、この歳にしてやっと、僕のための僕の人生、みたいなものを生きれるようになった。
みんなありがとう。

またなにか完成したら日記に書きます。

活動紹介ページができたよ

ずっとリンク切れだった、活動紹介ページができました。

→ http://ooikenji.jp/katsudou

作品数が少なくて恥ずかしかったんだけど、なんも恥ずかしいことはなかばってん!と思い直しました。
これからどんどん増えます。長生きしたい!

ここが完成したら、ホームページ全体が急に生きはじめたというか、ちゃんと産まれてきた感じがします。
かわいそうに、卑屈ゆえに難産で、でも僕は少しずつ大丈夫になっていっている。

あらためて見返して、12歳からホームページ作ってきて毎回少しずつ良くなってたけど、今またきちんと最高を更新した感じがします。
こんないいホームページは他にない!

ヤルゾー!!
どうぞよろしくお願いします。

梅雨

久々に遠くのファミレスにいる。
雨が降っていたけど奈良まで来た。
ファミレスは変な孤独感というか、生活からすぱっと切り離される感じ、自分の中でずっとしゃべる時間、みたいなものだけになるのですごくいい。
日本全国にファミレスはいっぱいあるので、今後もこの時間について困ることはないだろう。

最近は、「夜夜夜」という演劇イベントをやったり、ビデオ日記と称してずっとビデオカメラを回してみたり、京都で初めてプログラムの仕事がきたり、新しい作品をいっぱい思いついたり、ドドドっとやる事がでてきて、今日はここでプログラムをずっと打っていた。

毎日新しい人やものに会いながら、ただただ友達と散歩し続ける、京都の夢見心地の期間、が、UWU_Miというカフェを始めたあたりで徐々に終わっていって、もう目の前のもの全部現実です、作業作業、みたいな毎日に移行してきている。
僕が今住んでいる左京区のあたりや、大阪の何かしらの表現の界隈、を形作っている人たちが、思いの外少なくて、それが東京の知り合いに会いに行っているのをTwitterで見て驚いたりして、僕がずっと東京で悶々とよくわからないものだと思っていた世の中みたいなものが、実は思っていたよりずっとシンプルなのかも、という整理がかなり付いてきて、浅草のアパートを引き払って1年近く経って、引っ越しにまつわる冒険が一旦終わったような、階段の踊り場みたいなところにいる。

結局自分で切り開かないとこの世には限界があって、その限界の手触りみたいのをここ数日はずっと感じていて、少し寂しい気持ちも正直ある。
それは僕の生きている界隈での話なので、レイヤーレイヤーをずらしてまた新しい人と友達になれば新しい毎日が始まるんだろうけど、その構造自体がこうして見えてしまうと、そればかりに時間を費やす気持ちにもなれず、結局僕自身にかかってるんだぞ、みたいな、そういうのを突きつけられている。

遠くに行きたい気持ちもぼんやりとありつつ、日常、と、実際の作業みたいなところを、出来る限り楽しい感じでくっつけて、同時にやっていければいいな、と思いながら、今日も悶々と作業している。
しかし元気です。がんばろう。

寝れない(昼に寝たから)

5日くらい前から東京にきていて、今は草平さんが作ったホテルみたいな部屋に泊まっている。

来る途中に車の中で、久々に阪中くんから酔っ払った電話があって、最近一人暮らしをはじめたから遊びにきて、と言ってくれたので、最初の2日はそこに泊めさせてもらった。
作品の相談などにのってずいぶん適当な事を言った。
阪中くんと家の近くのユニクロに行き、彼は帽子を買っていた。

草平さんとは久々に会った。17歳の僕をサラエボに連れていってくれたり、インドに一緒に行った人だ。
夜になって一緒に飲んで散歩した。

5月末にUWUでやる演劇のイベントのことで、貴一さんに会った。
一緒にとんかつを食べながら、彼女に連れられて北海道に引っ越す話を聞いた。
川沿いとかを少し散歩して、豪さんの外人ハウスという場所の前を通ったけど留守だった。
家に住み着いている野良猫、ぼんちゃんをなでた。ふかふかだった。
演劇のイベントは「夜夜夜」という名前になった。

仕事の打ち合わせをしたり、りっしーの参加しているパフォーマンス集団のイベントを見たり、寝る前にMahoutsukai Inc.のホームページを少し作ったりした。
6月にでることになった演劇の台本が送られてきたので、音読したりしてドキドキした。ちゃんとできるかな。毎日読む。

なぜかTwitterによく書くようになって、そしたら結構返信がきたり、いいねが押されたり、さびしくてもすぐ嬉しくなる。
秋葉原に行って携帯を見た。

前に知り合いが作ったホームページをまた見ようと思って履歴とかを検索したけど見つからず、通話ボタンとかを押さないように気をつけてLINEをさかのぼった。

草平さんとの共通の知り合いが1月に亡くなっていた話を、大きな餃子を食べながら聞いた。
泊まらせてもらっているところはお風呂がないので、3日間もお風呂に入ってなくて僕は薄汚れている。
そこに草平さんがたまに来て、大きな木材を切ったりしてシャワーを作っていた。

数人、知り合いから連絡がきたり、僕が送ったのが返ってきたりして、全部とても嬉しい。人から連絡がくるのはなんでも嬉しい。少し怖いけど、僕もいっぱい送りたい。

思い出したときにたまに読んでいた谷口菜津子の漫画を、思い出したので見てみたら最終回だった。
貴一さんの家で少しだけ聴いたMoe and ghostsがよかったので、これを聴きながら車を運転している。
リップヴァンウィンクルの花嫁のサントラを聞いたら、全部普通のクラシックだった。

大濱くんと2人で、会ってみたい、と言っていた人から連絡があって、LINEごしに2人で喜んだ。

太った。

今日の夜から京都に帰ります。東京はなんか、文体がこうなってしまう。