会社

7年ぶりに会社に勤めているが、30にもなるとみんなそれぞれ個性があって、いがみ合いもせず全員素敵だ。各々が全く違う文脈の中を生きているのを肌で感じるし、僕が一切何も特別でない事もよくわかる。そして1人になると、自分の信じている狭い狭い言葉の世界の下を、ゆっくりと、体や感覚を通じた得体の知れない、真っ黒に波打つ巨大なものが流れているのが見える。あれはなんだろう。

明日ははじめて僕から誘って、同僚とご飯を食べに行く。手で食べるインドカレー屋だ。

忙しい

日曜の夜だし、日記でも書いておこうと思ったが、気づけばTwitterを開いて、書くんだか書かないんだかウロウロとやって閉じ、次のウインドウがこの画面で、そういえば日記を書こうとしていたんだった。

最近は万事こんな調子で、なにか頭の軸が定まらない、いつもフラフラしている。

そして今ここまで書いて、もう飽きたのか、気づけば他のウインドウを開こうとしているのに気づく。
なぜ行ってしまうんだろう。

忙しい。

3ヶ月の近況

4月末の大阪の朗読の頃に、友人から、昔書いた小説を昇華したい、という話を聞いて、舞台を作ることになった。

それについてぼんやり考えたり、実際に稽古したり、台本を大幅に書き直したりしながら、東京に行った折に会いに行った友人が大変な状況だったので、とにかくいったん京都に行きましょう、と誘って、夜逃げ同然、彼と彼の猫が、その後2ヶ月ほど家にいた。彼の家探しに奔走するがなかなか見つからず参った。実は彼を京都に連れてくる前、Facebookで家を探してみていて、すでに見つかっていたんだけど、タイミングが悪く駄目になってしまっていたのだった。

その共同生活の間に大木さんが家に来て、長野のスーパーネオンホールについて聞き、そこでまた新しい朗読をやった。終わった後、思いの外いろんな人に褒めて頂いて嬉しかった。ネオンホールは素晴らしい場所だ。イベントでは、みんながほとんど観劇のような静かな姿勢で、1日ずっと続くのをすごい集中力で聞いていたのが印象的だった。出演する音楽家のキュレーションもとても良かった。
朗読の動画を見返して、もう少し僕のクオリティーを上げたい、もう少し全体をバージョンアップしたい。でも焦らず、今は楽しさだけでとにかくもっと作りたい。

その後は舞台の稽古に集中していたけど、夜逃げしていた友人が結局長野の父親の家に行くことになって、家財道具もあるのでまたも車で長野。今度は日帰りで、車のワイパーが壊れていたのに大雨になってしまって大変だった。それでも岐阜から長野までの国道がすごく気持ちよかった。彼とは2009年の舞台以降、たまに会って散歩するくらいで、こんなに長く付き合うことは初めてだったので面白かった。

帰ってからは、毎日朝から晩まで稽古をして、舞台の公演もうまくいった。

それから、稽古の期間中にちょくちょく受けていた仕事の面接に合格したので、8月21日からは京都の会社でしばらくの間働くことになる。プログラマー。

色々な事が起こったけど、どれもポジティブな結果になって、その勢いのまま悶々としている。
朗読も舞台も、各々のサイケについて思いっきり人とやりあっている感じがあって、それが本当に楽しい。
夜逃げの彼との共同生活や、そういう作品作りの中で、僕に抜けていた人との距離感みたいなものがまた具体的になったような、そしてまた一段階、頭が開けた気がする。
もっともっとやりたいので、体には気をつけたい。

突然何度も行くことになった長野も、いい所だった。山のスケール感とか、川に転がっている岩のサイズがいちいち大きくて感動する。
全然違う場所がやっぱり数キロごとに地球上に広がっていて、その場所ごとの、僕の勝手な記憶やイメージ、僕だけのその場所が、この先もできていくんだろう、それが愛おしい。"この街は僕のもの"。

今夜は、次の小さな作品のために椅子を分解したりした。