東京ガスの人

今、大井さーん、大井さーん、って僕を呼ぶ声がフラッシュバックして、なんだと思ったら、去年の3月頃に浅草のアパートにガス料金を徴収しにきてた東京ガスの女の人の声だ。

目立たない感じの人で、でもできるだけ、やさしい女性的な声を出そうと緊張して整えてる感じの、変わった声で、その人の声がすると、身をぐっと固めて音をたてないようにして、ひたすら、過ぎ去るのを待っていたんだった。

向こうだって少しおびえながら声を出していたのかもしれない。
元気でいるかな。

ずっとVPS

京都に来て友達もできて、映画祭をやってみたり、毎日とても楽しいばかりでいる。
引っ越しをしようと思い立ったのが去年の6月頃なので、そろそろ1年経つけど、とてもよくなったと思う。
また5月に演劇のイベントをやってみるので、準備をしています。

秋葉原に行った時に中古のビデオカメラを買ったので、試しに撮ってみている。
最近は文字で日記を書いていなかったけど、これがだいたい3月後半頃からの生活です。
https://www.youtube.com/watch?v=jRMs_WP9hKA

作ったもののずっと放置していたMahoutsukai Inc.のホームページを作っていて、ずっとPHPばかりで仕事してきたので他のものを使ってみたい、と思って、
さくらのVPSにnode.jsとnginxとMariaDBで作り始めて、でもほとんど、未経験の人がはじめてアプリを作るかのごとく、いろんな事が初体験なので、2日で終わるようなところ、10日くらいかけてしまっている。

今夜は大阪のファミレスでThinkPadを広げています。
家だと少しむずかしい事に出会うとすぐYouTubeなど見てしまうので、こういう、いつもより集中力の必要な事にファミレスはとてもいい。

リップヴァンウィンクルの花嫁を見た。名作!

ミチミチ

すぐ人に会える、という京都の一番気に入っている部分が僕の東京にはやっぱりなくて、仕方なくTwitterを開くんだけど、知り合いみんなが大集合して息を潜めている、なんというか満員電車のミチミチ感があり、うえー、となった後に自分のホームページを見ると、これは山の中にひっそり建っている小屋だろう、家主さえ1ヶ月に1回くらいしか来ない、でもインターネット上にはあるのですぐアクセスできて、いいなあ。
2000年頃のインターネットの良さ、みたいに僕らが懐かしんでいるものは、こういうごくひっそりとした佇まいの場所に瞬時に行ける事だっただろう。そしていつどんな場所でも渾然と輝くWelcome to my homepageの文字。

今はやっぱりガックリとしている時間。ガックリしているからここに来て書くんだろう。
ここは大井の小屋。

東青梅の日々

展示がはじまって2週間ちょっと。
土日にどばーっと人が来てくれて、月曜から金曜まで1人になって仕事、というのを、もう何回も繰り返した気がするけど、まだ2週間か。ほんとか?
学校の怪談みたいな、いつも人がいっぱいいる場所がガランとすると怖い、みたいな感じで、土日の喧騒からのこの平日、必要以上に寂しく感じて、精神的にかなり参ってしまう。

京都での数カ月がとても良かったみたいで、来る人来る人みんなと楽しくしゃべれて、ギャラリーを運営している秋葉さんにも、大井くんコミュ力高い、など言われてしまった。ハハハ。

作品は、ハングル文字の「パーティー」で、それを読める人しか入れないパーティーを続ける、というのではじめたんだけど、どちらかというと普通に僕がそこで暮らしている、みたいな、少しずつズレてきている。
Twitterなんかにもこのへんは書いたけど、歩いて5分のスーパーで買ってきた肉を焼くだけでいくらか利益がでる、という、そうは言っても大抵は赤字なんだけど、物々交換的なお金の面白さに、人のお腹すいた感じに対して商売するご飯屋さんの特殊さに、それからホームページの作り方講座をやってみて、それが思いの外うまくいっている事に、それぞれびっくりしている。前に一度カフェを作ろうとして頓挫した事があったけど、やっぱりスペースが1つあると僕いいみたい。
久しぶりの東京の街の感じを見てまわったり、大濱くんが来たのでブルーシートを見た後に遊んだり、ギャラリーのある東青梅の近所の人達と仲良くなったり、うどんを作るのにハマったり。
青梅は若い作家の人が多くて、飲み屋に入ってみたら泥酔したのに1500円しかとられなかったり優しい人の比率高い。良い感じ!

でもとにかく今この時間は、少し落ち込んだ時間というか、単純に疲れているというか、なんだかみんなが僕の事を嫌いなような妄想に取り憑かれており、でも今夜8時からホームページ講座だから、あと1、2時間で、人がまたどばっとやってきて、一気に正常に戻るんだろう、それが信じられないような気持ちだったり。
僕はパソコンも好きだし、ずっと1人が好きなタイプなのかと思ってたけど、どうも本当はすごく寂しがり屋で、誰かがいないとどうにもならない性格だったみたい。

あと2週間、服を全部着つくしてしまったので洗濯したりしながら、堪えよう、というかきちんと面白くしていく方向で、またがんばってポジティブに・・・。
京都に戻ってからの、色々やりたい事もどんどん増えて、それとか、自分についての事とか、他人についての事とか、を、毎日悶々しながら、暮らしています。

できるだけ、もう少し毎日書くようにしよう。

パラレル

1年前の京都旅行で、今住んでいる吉田山という丘を登る途中に、大量の電化製品が散らばっているゴミ屋敷みたいのがあって、そこのおじさんとちょっと立ち話したのを、今ふと思い出した。
でも、あれがどこだったのか全然わからない。

考えてみると、住み始めた今ではたどり着けないというか、どこにあったかわからないようなものって他にも多くて、電車に揺られて行った長い石の階段のある山だとか、ラブホテルばっかり並んでる路地だとか、魚屋の奧の料亭だとか、いっぱいある。

京都という場所、みたいなものが多分2次元的にあって、自分がその上を通っていく道筋みたいなものが1次元の線になって、その時どきのタイミングで、場所の現れ方みたいなものが少しずつ違くて、それはものすごく細かく枝分かれしているんだろう。
そして何度もその線を引いていくと、白い紙をボールペンでぐるぐる塗りつぶすみたいに、なんとなく2次元になっていって、その地域自体を自分なりに把握できていくんだろう。

住んだり旅行にきたり、それに関わった人数分、何重にもそういうぐるぐるの紙が重なりあって3次元になっていて、これが町だ。

例えば食べログだとか歴史だとか、そういうのは点点とした0次元でしかないような、最初から白い紙自体を俯瞰できるわけじゃないし、そこに線としてすーっとくぐりこんでいくというか、そうしている存在は一体なんなんだろう。
なにが僕に、その場所にそういう形で線をひかせるんだろう。

仕事してます

ちょっとどうやっていいかわからないというか、どういう作業工程になるのかの見通しがたたないと、その仕事は10倍くらい大変に見えるというか、不安症なところがあるので、極限まで大変な状況を想像しがちみたいで、ちょっとまずそこだけきちんと整理して見通しつけてく、というのがコツだな。

昼夜逆転を直したら久々に夢を見たけど忘れてしまった。
京都寒くなってきた。

その後の大阪、高知、東京

引っ越し費用がなんとか用意でき、1ヶ月半にわたる飲み屋の2階生活にもいよいよ終止符が、みたいなところにきた今、どうも生命力が少し落ちている数日というか、たぶん少し安心しちゃって気の抜けた数日、なんだろうけど、あんまりこのままでは良くないような感じがするので、日記でも書こう。

8月8日のピカスペースでの上映、「二十歳の誕生日に母親の局部を見ようとする」を流して、こんな7年も前の映像を・・・など思い、ずっと下を向いていたんだけど、なんかすごくいい反応で、嬉しかった。考えたら高田飴屋さんなど、とにかく見てほしい数人、にしか見せていないままだったので、こんなものは変に気に病むことなく、機会があればどんどん見せよう。

その足で高知、大木さんのよさこいのチームM・Iに参加するため、四国へ渡り、途中お金がなくなって淡路島で1晩、車の中で寝たりして。山の上の方でガソリンなくなりかけて少し焦ったりして。

8月10日、チームM・Iは、実は一昨年も去年も行ってはいたんだけど、毎回仕事かなにかで予定があわず、よさこい祭りが終わって1日後だとか、変なもったいないニアミスばかりだったので、今年は参加できて嬉しかった。
高知の大木さんの住んでいる家に到着して、まあ今日は1日ゆったりしよう、風呂も入りたいし、など思っていたら、その家の主、中山さんというおじさんが、今からよさこい行くから早くタクシー乗って!と誘ってきて、気づけば高知駅前の特設ステージみたいなところの順番待ちに、風呂に2日も入っていないドロドロの状態で立っていて、そのまま大木さん達と合流、踊り。

今年はサウンドシステムが動かなかった、とかで、うちのチームだけ一切音楽がなくて、各々バケツを叩いたりアルミ材を投げたり笛をふいたり太鼓を打ったりで音を出して町中を練り歩くスタイル。でもその辺がすごくミニマルだったからか、音を出してその音に反応しようしようという変な集中続きの2日間が、おかしなトランス状態を生み、ドンドン手渡される日本酒やリポビタンDも相まって、今思い出すと不思議なくらい、ものすごく踊りまくってしまった。道ばたの審査員の人が一番大きなメダルを首にかけてくれたりして嬉しかった。

その毎晩に、チームM・Iの参加者が全身全霊をかけての打ち上げを行っていて、しかしあんまり眠いのでちょっと喧嘩になったりして、次の日仲直りしたりして、みんな1年に1度の祭りにエネルギーを全部出している感じ、終わった後、カエルの鳴き声が聞こえるのに合わせて無意識に体を動かしている事に気づき、自分でびっくりしたり。

8月13日、大木さんが高知県立美術館の舞台で「春の祭典」をやり、その告知を舞台のはじまる30分前に出したとかで、広い劇場にいるのは関係者10人程度、という、なんか贅沢な遊びになっていて、その上で動く大木さんや友清さん達を見た。

ギターをひいているももよんに、僕もギターが欲しいなあ、と言うと、2000円くらいの中古ギターがいっぱい積み重なって山のようになっている、ギターの墓場のようなお店がある、と教えてもらい、買うならギターの墓場しかない、と思い、行ってみたら2000円のギターはなく、でも1個買った。嬉しい。

8月16日頃に京都に戻って、その後月末の仕事の打ち合わせまで仕事をし。
別件でちょっとしたトラブルもあったのと、高知での食事、お金がなかったのもあって塩をかけたご飯一杯だけ、みたいな1日があった反動なのか、どんどんご飯を食べてしまった。

8月22日に知り合いと飲み屋へ行き、京大の吉田寮の中などはじめて入れてもらって嬉しかった。

8月24日、静岡でハンバーグを食べたりしながら下道500kmを運転して東京へ。
高田に会ったり、1年ぶりくらいに実家に戻って母親と会ったり、半年くらい疎遠になってしまっていた友人と仲直りしたり。
ずいぶん長い間東京を離れてしまい、友達がみんな泣いて駆けつけてくるようなセンチメンタルでいたのに、1ヶ月しか経っていないと高田に知らされ、損でもしたような気分なのか、少しずーんとなる。
錦糸町の盆踊り、に昨年に引き続き行って、1人で少し踊り。カラオケなど行き。

東京都現代美術館の展示「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」会田家のTANTATATANを長い時間見て、あーほんわか。とても良い。

8月30日にまた京都に戻る。車の中で、ZAZEN BOYSのHonnojiにハマり・・・。
東京でモデルルームというギャラリーをやっている、秋葉さんという人が京都に来ているので飲みませんか、と言ってくださったので、村屋に行って飲み。すごく真面目そうな人だと思っていたけどお互い痛飲、最後コンビニの前で一緒にカップ麺を食べて終わり。

その後、不動産屋を少し巡ったり、冒頭に書いた通り、少し安心しちゃって気の抜けた数日、を過ごしています。あー9月。
今日はもう1、2件だけ物件を見て、できればこっちの知り合いにも少し会って相談してみて、明日には契約してしまいたいところ!
もっといい物件があるかも、など思って腰が重いようなところ、でもじゃあいったいどんなのだったら満足するのか考えたら、場所に関しては今住みたいと思っている地域内のどこでも一長一短、どこに決めたって多分思っているほどの満足感というのはなさそうだし、物件自体にしたってどれだけお金を積もうがやっぱり同じような状態で、引っ越しそれ自体への漠然とした不安みたいなもの、は今、それはもう話が違うので、振り切り、それより料理やら読書やらお酒やら、そういう楽しい暮らし自体へもっと焦点を合わせて、楽天的に・・・。

わーい、楽しみだな。

ピカスペースで上映直前

朝のゲストハウスの2階で、どこからか小さくゲームのBGMのような、かわいらしい音楽がかすかに聞こえていて、誰かがゲームやってるの1日中見てたい気分、どこだろうと部屋の外に出たり、ゲストハウスの外に行くと聞こえなくなって、気になる。

京都のためにやっと作ってもらった自転車のサドルを盗まれてしまった、のを皮切りに、その日の真夜中、Twitterで罵詈雑言を書き立てた後激しい自己嫌悪で、そんな事を、ここ数週間たまに遊んでいたYpに言ってみたら、たかがTwitterでそんなに嫌な気持ちになるのは馬鹿らしい、と諭され、もうあんまりTwitterには書き込むのやめよ、みたいな。

Yp、7月の終わり頃に、大阪にちょっと帰る、と言うので一緒に車で行って、そこでピカスペースやら色々紹介してもらって、その後もこの人の周り、みんな素晴らしくて、でもこれはすごい人とばかりいるというわけじゃなくて、Ypの周りだとみんな100%話せるんだな、みたいな、Yp自身が、もう何も自分を守る事とか考えてないような、あけっぴろげな話し方で、いいなあ、僕もあのような感じでありたい。

ピカスペース、は大阪の新世界にある飲み屋さんで、京都の月光荘や村屋の、エキストリーム版というかハードコア版というか、日によってライブがあったり何もなかったり、やばすぎてチカチカ。
行った日はライブがあって、ライブ終わりに深夜まで大きなベースと飛び入りのギターが延々とセッションし続け、ビカビカの光とともに「さあさ、みなさんごいっしょに」「えーじゃないか、えーじゃないか」みたいなのをニッコニコで演奏しはじめたのに合わせ、その場にいた全員が踊り狂う、という常軌を逸した捨て鉢な盛り上がり方に、怖くなって1人隅っこに移動してしまうほどであった。

ここで、半川さんという映画を作る人と出会い、家に泊めてもらったり映画を見せてもらったり西成の立ち食いモツ屋を案内してもらったりした一夜があって、僕の、母親の映像作品の事を話したら、ぜひピカスペースで上映会をしよう、と言ってくださって、それが今夜なのです。
プロフィールなど送ってくれ、と言われ、でもちょっと7年も前の映像作品を上映しに行く、それから今までめざましい作品はひとつもできていない、という状況が、恥ずかしく、なあなあのまま当日になってしまって申し訳ない・・・。

いつ寝ていつ起きてもいいけど、今後の僕は、目があいている間は何かしら作業と呼べる行動をし続けよう、と、気持ちがみなぎっており、何時に大阪に行こうか考えつつ、徹夜明けでちょっとふらふらしておりつつ・・・。
夜の間に映像に字幕をつけ終わり、これから仕事をちょっと続けていきます。

仕事といえば、これまで3年間以上の間、一緒に仕事させていただいてるStさん、Okさん、Skypeでたまにやりとりしつつ、こんなめちゃくちゃな状態に陥った僕を励まし続けてくれて、作業代金の前借りなどさせてもらったりして、東京にいる間は、俺は1人でやってるんだ、とつっぱることでしか精神を保てなかったところ、こっちにふと来て色んな精神的な問題が解決されつつある今、なんだかグダグダに周囲に寄りかかっていた、いる、事がふいに見えてきてしまい、お恥ずかしいやらありがたいやら、仕事がんばりますので・・・

あー、日々!

うっかり8月

京都に移動後、出会う人出会う人みんなに、大いにもまれもまれて、いまだゲストハウスにいて、でもだんだん落ち着いて仕事もできるようになってきて、そろそろ家の目星もついてこれから契約でも、というところ、途中大阪に行ってカルチャーショックをうけたりなどもしつつ、気づけばうっかり8月になってしまい、オー日記・・・

7月11日の夜にこちらに到着して、12日に鴨川にピザを食べに行き、その後はずっとハレの状態、まあ住んでる場所が飲み屋の2階なのでそうなりやすいんだけど、2週間くらい、意識があるんだかないんだか、楽しく楽しく過ごしてしまい、でも25日あたりにだんだん意識が戻ってきて、仕事をやりはじめ、ここ数日は、引っ越し費用の頼りにしている大きな仕事を連日進めている、けど、とにかく出会う人の数が東京にいた時と比べものにならないくらい多いので、あっちに流されこっちに流され、そうした善意や人なつっこさの暴風雨の中でかろうじてテントをはっているような、状態です。

千葉のベッドタウンで生まれ育って、ほぼ自動的に東京に住んで、そういう今までだったところ、前回の京都旅行から好きになって、今こうしてこっちにいる、自分でそうしている、というのが根っこではずっと嬉しくて、ああ、これから部屋を借りて、ゆったりと暮らすんだ、いいなあ。

今までの独りよがりにどんどん置き去りにされて、そのまま固着していた色々の事が、パカンパカンとこっちでは割れて、とても良い毎日。
少し間があいてしまったけど、またポツポツ思い出すような形で、書いていきます。